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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)224号 判決

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を九〇日と定める。

理由

第一

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

2  請求の原因3(審決を取り消すべき理由)について検討する。

(1) 本件商標は、別紙1に示す構成からなり、引用商標Aは、「PONY」の欧文字と「ポニー」の片仮名文字を二段に併記してなり、引用商標Bは、別紙2に示す構成からなり、引用商標Cは、「PONY」の欧文字と「子馬」の漢字を二段に併記してなる構成であることは、当事者間に争いがない。

そうすると、本件商標と引用商標とは共に「ポニー」の同一の称呼が生じ、「子馬」の同一の観念が生ずると認められ、称呼及び観念において類似の商標であると認められる。

(2) そこで、各指定商品について検討する。

〈1〉 本件商標の指定商品は、登録時には、旧商標法施行令(昭和三五年政令第一九号)一条別表、旧商標法施行規則(昭和三五年通商産業省令第一三号)三条別表の規定による旧商品区分第二二類「短ぐつ、長ぐつ、編上げぐつ、雨ぐつ、防寒ぐつ、運動ぐつ、作業ぐつ、木綿製くつ、メリヤス製くつ、サンダルぐつ、幼児ぐつ、婦人ぐつ、オーバーシューズ、地下たび、釣り用ぐつ、乗用車ぐつ、極地用防寒ぐつ、地下たび底、くつ中敷き、くつのかかと、半張り底、内底」であつたが、原告は、その後平成元年五月二日一部放棄により「地下たび」「地下たび底」を放棄し、同年一〇月九日一部抹消登録をしたことは、当事者間に争いがなく、さらに、その後一部放棄により「長ぐつ」「作業ぐつ」を放棄し、平成七年一月二三日一部抹消登録をしたことは、被告において明らかに争わないところである。

これに対し、引用商標の指定商品は、旧商標法施行規則(大正一〇年農商務省令第三六号)一五条の規定による旧々商品類別第三六類、「靴下、その他本類に属する商品」であることは、当事者間に争いがない。

〈2〉 まず、引用商標の指定商品である旧々第三六類「靴下、その他本類に属する商品」に「地下たび」が含まれるか否かを検討する。

旧々第三六類の内容は、

第三六類 被服、手巾、釦紐及装身具用ピンの類

衣服、冠、帽子、カラ、カフス、領飾、襟、襯衣、ズボン下、胴締、手袋、足袋、ハンカチーフ、手拭、タオル、袱紗、風呂敷、甲馳、カフス・ボタン、ネックタイ・ピン、ブローチ等

であつて、これには「足袋」が含まれていることが認められる。

そして、旧々商品類別においては、商品を分類する基準が主として材料主義、生産者主義によつていたことは当裁判所に顕著な事実であるところ、「地下たび」は「足袋」にゴム底を付けたものであり、両者はゴム底を除いて材料が共通であるということができ、また、《証拠略》によれば、福助足袋株式会社において指定商品を旧々第三六類「足袋、地下足袋」として商標登録をしていることが認められ、足袋の製造会社でも地下足袋の製造をしていること、すなわち、生産者を共通にしている場合があることが認められる。そして、「地下たび」と「足袋」が構造を同じくしていることを考えると、生産者が共通することは容易に考え得ることである。

また、《証拠略》によれば、大正一三年から昭和三五年にかけて、旧々第三六類を指定商品として「地下足袋」が明示され、多数の商標出願公告がなされていることが認められ、上記認定事実に照らすと、この取扱いは正当であり、これを誤りとする理由は存しない。

そうすると、旧々商品類別のもとでは、「地下たび」は旧々第三六類に属するものというべきである。

〈3〉 次に、旧商標法施行令(昭和三五年政令第一九号)一条別表による旧商品区分第二二類は、「はき物(運動用特殊ぐつを除く。)、かさ、つえ、これらの部品及び附属品」と定められ、旧商標法施行規則(昭和三五年通商産業省令第一三号)三条別表の規定による商品区分に属すべき商品は、

「はき物

一 くつ類

短ぐつ、長ぐつ、編上げぐつ、雨ぐつ、防寒ぐつ、運動ぐつ、作業ぐつ、木綿製くつ、メリヤス製くつ、サンダルぐつ、幼児ぐつ、婦人ぐつ、オーバーシューズ、地下たび、地下たび底、くつひも、くつの引き手、くつ中敷き、くつひも代用金具、くつ保護金具、くつびよう、くつくぎ、くつはとめ、くつのかかと、半張り底、内底、くつべら、くつブラシ、くつみがき布

と定められており、これにより「地下たび」は、明示的に旧第二二類に区分されることになつたことが認められる。

このことは、原告の主張するように、「地下たび」は、旧々第三六類に対応する旧第一七類「被服、布製身回品、寝具類」ではなく、旧々第六一類「傘、杖、履物、及其の附属品」に対応する旧第二二類に属するとされたということができる。

しかしながら、登録商標の指定商品は、登録時に定まるのであるから、商標登録の時点で「地下たび」が指定商品に含まれていた以上、その後に指定商品について商品区分が異なつたとしても、当該登録商標の指定商品に「地下たび」が含まれることについて変わりはないというべきである。

〈4〉 原告は、いわゆる全類指定は内容範囲が不明確であり、このような商標の指定商品については、登録当時の商標法に基づく合理的な解釈がなされるべきであると主張する。

引用商標AないしCは、いずれも指定商品を「靴下、その他本類に属する商品」とすることは、前述のとおりである。

しかしながら、少なくとも、平成三年法律第六五号による商標法改正を契機に導入された国際分類の適用される以前において、このような全類指定を違法とする法的根拠はもとより、全類指定を認める運用を妥当でないとする理由も見いだすことができないから、引用商標がいわゆる全類指定であることを理由に、引用商標の指定商品から「地下たび」を除外することはできない。

〈5〉 以上のとおり、引用商標の指定商品には、「地下たび」が含まれることが明らかであるから、本件商標と引用商標とは、「地下たび」を指定商品とする点において共通する。

〈6〉 ところで、商品が類似のものであるかどうかは、対比される商品に同一又は類似の商標を付した場合、当該商品の取引者、需要者に同一の営業体の製造又は販売に係る商品と誤認される虞があるかどうかにより判断すべきものである。

そこで、本件商標の指定商品中の「地下たび」以外の商品が「地下たび」に類似する商品であるかどうかについて検討する。

まず、「地下たび」もその中に足を入れて歩行するのに用いる具である点において、本件商標の指定商品中の「地下たび」以外の商品と用途を同じくすることが明らかである。

そして、《証拠略》によれば、原告が日本靴工業会の会員である会社を対象にアンケート調査を行つたところ、短ぐつ、婦人ぐつ等の靴類の製造販売会社一三社中一一社は「地下たび」を製造販売しておらず、二社がこれを製造販売していると回答したこと、同じく《証拠略》によれば、原告が都内有名デパートを対象にアンケート調査を行つたところ、回答した五社中三社は「地下たび」を取り扱つていず、一社は夏のみ和装小物売場で販売する、一社は注文があれば取り次ぐと回答したこと、同じく《証拠略》によれば、原告が靴の小売店を対象にアンケート調査を行つたところ、八店中六店は「地下たび」を取り扱つておらず注文も断るが、一店は注文を引き受ける、一店は他の業者を紹介すると回答したこと、《証拠略》によれば、日本ゴム履物協会に加入している会社では二三社中八社が製造品目に「地下たび」をあげていることが認められる。

これらの認定事実によれば、靴の製造業者や販売業者で「地下たび」を取り扱つているものは少ないといえること、デパートで取り扱つている場合でも靴売場ではないこと、どちらかといえばゴム履物協会に加入している会社の方が日本靴工業会に加入している会社より「地下たび」を製造している割合が多いこと等の事実を認めることができる。しかしながら、靴の製造業者や販売業者に「地下たび」を取り扱つている者が少ないといつても、そもそも「地下たび」の需要自体が現在ではそれ程多いとはいえないこと(当裁判所に顕著な事実)、日本靴工業会の会員である会社でもすべてがアンケート調査に回答している訳ではないこと、原告に回答したデパートや靴の小売店はどちらかといえば都会的感覚の営業をしている店舗であること(当裁判所に顕著な事実)等の事実からして、これらのアンケートの結果がわが国の地下たびの製造販売の実態を正確に反映しているということもできない。そして、靴の製造業者や販売業者でも「地下たび」を取り扱つている業者が少数とはいえ存在するのであるから、「地下たび」と本件商標の指定商品中の「地下たび」を除くその余の「くつ類」に同一又は類似の商標が付された場合、商品の取引者、需要者に同一の営業体の製造又は販売に係る商品と誤認される虞があることは否定できないというべきである。

〈7〉 したがつて、本件商標は、その登録出願日前の商標登録出願に係る引用商標に類似する商標であつて、その指定商品の全部が引用商標の指定商品である「地下たび」に類似する商品であるというべきである。

(3) 原告は、仮に引用商標の指定商品に「地下たび」が含まれるとしても、特許庁の実務上の取扱いに必然的な根拠があるわけではなく、これのみを理由として旧々第三六類の全類指定をしている商標権者が靴類を指定商品とする商標の無効審判請求をするのは、法律上の利益がなく、もしくは審判請求権の濫用であつて許されない旨主張する。

被告が引用商標AないしCの商標権者であること、これらの引用商標はいずれも指定商品を旧々第三六類の「靴下、その他本類に属する商品」とすることは、当事者間に争いがない。

そして、旧々第三六類の指定商品に「地下たび」が含まれること、及び引用商標の指定商品が全類指定であつたことに法的問題は存しないことは前述のとおりであるから、引用商標AないしCの商標権者である被告には、無効審判請求をする法律上の利益があり、また、被告のした審判請求をもつて審判請求権の濫用とすることはできない。

(4) 原告は、本件商標の指定商品のうち、「地下たび」とこれと類似するとみられる「地下たび底」を平成元年五月二日一部放棄し(平成元年一〇月九日一部抹消登録)、その後同じく類似するとみられる可能性のある「長ぐつ」「作業ぐつ」を一部放棄した(平成七年一月二三日一部抹消登録)ので、指定商品のうち抵触するものは存在しなくなつたと主張する。

しかしながら、商標権の全部又は一部の放棄は、登録によりその効力を生ずるのであるが、その効力は遡及せず、将来に向かつてのみ生ずると解されるから、本件商標の登録要件存否の判断基準時である登録査定後になされたことが明らかな原告の上記一部放棄によつても、本件商標は引用商標の指定商品に抵触する状態が変わるとはいえない。

したがつて、上記一部放棄によつて被告が本件無効審判請求をすることについて法律上の利益を失つたとすることはできない。

(5) 以上のとおりであつて、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、審決に原告主張の理由は存しない。

第二  よつて、原告の本訴請求は、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担及び附加期間の定めについて行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、一五二条二項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田 稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 持本健司)

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